長年扱ってきたキャンバスですが、最近なるほどと感じたことがありました。
それは、「今のキャンバスは、温度でも伸びる」ということです。
5月の連休のある日、100Fキャンバスのご注文を頂きました。
指で弾くとパンパンと心地よい音がするように張って
配達をする予定で車に載せて置いたのですが
翌日配達先で車から降ろそうとすると、タルタルのシワだらけ。
あまりの変わりようにビックリ。
当時キャンバスのたるみについてのクレームが増えていたこともあって
理由を確かめる必要がありました。
こんな場合初めに疑うのは、湿度の変化。
キャンバスに使われている麻布は、多量の水分を一気に含むと縮み
微量の湿気をじわじわと含むと伸びるという性質を持っています。
キャンバスの裏から何かが当たって膨らんだ部分に
裏から霧を吹くと、ピンと張って即座に治り
乾燥した冬場に張ったキャンバスが、湿度が上がる春先にたるんでしまう。
これはそんな理由からです。
店内は、水場もなく乾燥しています。
そこに在庫していたキャンバス布は乾き、張ったキャンバスも乾燥状態で縮んでいます。
ところが露天に駐車している車中の湿度は外気と同じです。
この時期は天候の変化が激しいので、
夜間、徐々に湿気を含んだキャンバスが伸びてしまったことは十分考えられます。
しかし今回のたるみ方は、それだけでは説明がつかない程ひどいものでした。
そこで、次に考えたのはキャンバス布の質です。
私共の店では、キャンバスに拘わりを持っています。
絵の具の乗りが良く気持ちよく描けるということは
基底材としての絶対条件だと思うからです。 描画の進み、完成に大きく影響します。
また、年月を経た作品の額装を受る機会が多いのですが、
良い基底材を使った作品とそうでないものとは、はっきり違いが感じられます。
「キャンバスなんてなんでもいいんだよ」「楽しめればいいのだから、とにかく安いものでいいんだよ」
といった風潮が一般的になってきていますが、油絵の作品は永く残ります。
残った作品が喜んでもらえる状態でないのは残念です。
お客様に気持ちよく描いていただきたいですし、また描いた方の証が残るものですから、
キャンバスの質に関して非常に注意をしています。
とはいえ、今の時代ですから販売価格にも気を使います。
大きなキャンバスは展覧会出品用に使われるものですから
長期間の描画に耐えられ、気持ちよく絵の具が載って行くものでなければなりません。
そこで、製品の質と価格のバランスを見て、これなら使えるというものを探し
ある程度の本数を仕入れ、ストックを心がけています。
今回のキャンバスもそんな製品でした。
少し品質が変わったな、と感じていた矢先でした。
キャンバス布とは50年近くの付き合いなので、触った感触で品質の違いを感じます。
また、キャンバスロールの耳の形から、
製法が機械塗りから手塗りへと変わったことは気付いていました。
そこでメーカーに問い合わせたところ
確かに製法を変えたけれど、それによる不良は無いという返事。
メーカーで実際に張って見たけれど、たるまないという報告です。
しかし検査の段階では、張ったキャンバスを条件の違う場所に移動してはいない様子。
私共でも、店内に置いておく限りたるみません。
結果として、原因が分からないまま終わってしまったのですが
キャンバスは単純ながら微妙な製品です。
まず、キャンバスの元反の麻布、今は国産率0%
すべて外国産に成ってしまい、糸の選定や織り方等の製品管理が困難な様子。
そして上に塗る白い塗料と下地の糊材と塗布技術の変化。
製品の出荷量の激減と価格競争にさらされて、安い原材料を使い、
簡略化出来るところはしていると想像できますが
メーカーはそういった問題は公表しません。
現在は、私共からのクレームにより元の製法の製品に戻っていますが
私共には想像が付かないような事象の複合作用で、
伸びの激しいキャンバス布が出来てしまったようです。
後日この話を他のキャンバスメーカーと話していたところ、
もうひとつの問題が出てきました。
それは、熱によるタルミでした。
昔の製品は、白い塗料の下地は膠でした。
白い塗料が麻布に際限なくしみこむのを止めると共に、
キャンバスのコシを作る役目も持っています。
しかし最近では手間のかかる膠を使わずに、ポパールなどの水性樹脂糊を使っていて
この樹脂糊は熱で伸びます。
メーカーでは、夏場には車の中に張りキャンバスを放置できないといいます。
「キャンバスの伸びの原因は湿気」と思い込んでいた私としては驚きでしたが、
理屈で考えると納得です。
キャンバスは色々な条件が重なってたるみます。
特に温度、湿度ともに変化の激しい初夏はWパンチ。
ご利用の皆様も、この時期に、しわやたるみが出たら
こんなことも有ると思い出してください。
たるんでしまったキャンバスは張り直すしか方法はありません。
一度張り直したあとは伸びが少ないようです。
キャンバスのタルミと皺に関しては、機械張りと手張りの問題も大きく関わってきます。
その話は次の機会に・・・。
posted by shiro at 17:13|
キャンバス